「2023年の夏の猛暑はまだ序盤」
危惧される子どもたちへの影響と未来

 

東京大学 大気海洋研究所 気候システム研究系 准教授
Imada Yukiko
今田 由紀子 先生

PROFILE
東京工業大学研究員、気象庁気象研究所主任研究官などを経て、2023年4月から東京大学大気海洋研究所准教授。大気モデルや大気海洋モデルを用い、異常気象の発生要因や数年から数十年規模の気候変動のメカニズムなどを研究

「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」──2023年7月に、アントニオ・グテーレス国連事務総長がこう表現したのも記憶に新しい。その言葉の通り、2023年は最高気温が40度を超えた地域があり、北海道でも37度を記録。全国各地で暑さの記録が塗り替えられ、史上最も暑くなった夏を気象庁は異常気象と発表しました。さらに2023年の世界気温は史上最高を更新し、気候危機への対処に残された時間は刻一刻と迫っています。

こうした事態を前に危惧されるのが、子どもたちの健康への影響です。次世代への健康被害という観点から、専門家は気候危機をどのように捉えているのか──。異常気象と気候変動の因果関係を数値化し結論づける研究を行う、東京大学 大気海洋研究所の今田由紀子准教授に話を聞きました。

──今田先生はお子さんがいらっしゃるとのこと。子育てを通して、気候変動の影響をどういった場面で感じますか。

高校1年生の娘と、小学校3年生の息子がいて、二人の年が離れていたこともあり、7年間で教育の現場が大きく変わっていたことに驚きました。猛暑がここ10年で頻発しだし、記録を毎年のように更新してるため、猛暑に対する危機感が教育の現場でも上がっています。その結果、課外活動はどんどん削られ、夏の時期にプールができなかったり、屋外で行う社会科見学も中止になったり。行動制限によって奪われている教育の機会に、まず初めに危機感を覚えました。

ただ一方で、毎日のように熱中症アラートが出ている中、親としても無事に子どもたちが帰ってくるだろうかと心配にもなります。下校中に脱水症や熱中症になっていないかなど、7年前は全く気にしていなかったことを今はすごく心配している自分がいて、生活の中でも変化を実感しています。

──研究者としての視点から、子どもたちへの影響についてどういったことを危惧されていますか。

近い将来のデータを見ていると、近年の猛暑はまだ序盤なんです。国際的には産業革命前からの気温上昇を1.5度に抑えることを目標としていますが、1.5度で食い止めたとしても今よりひどい状況になるのは間違いないと科学的に証明されています。例えば日本で言うと、1.5度上昇すると日本の猛暑地点数は1.4倍になり、2度上昇すると猛暑の頻度が今よりさらに1.8倍に増えることがわかっています。となると、今すでにたくさんの経験の機会が奪われている子どもたちへの制約はさらに厳しくなります。

あと10年後、20年後には訪れてしまう世界ですので、その頃子どもたちがどう生活をしているのか、想像力を掻き立て、今のうちからの対策を考えないと大変なことになるんじゃないかと危機を感じています。しかし、ここ最近は我々の生活に影響が出るほどの異常気象がたくさん起こり、皆が目の前の状況にその場しのぎの対応をするので今は精一杯。本当に間に合わないフェーズが結構すぐに来てしまうという危機意識は、まだ十分ではないと感じています。

──目の前で起こった異常気象に対して、CO2の増加に伴う温暖化がどれくらい影響しているかを数値として示せる分析手法「イベント・アトリビューション」を専門とされています。異常気象が温暖化によって起こっているという裏づけは、人々の危機意識を高めるドライブになっています。今田先生が研究を始めるに至った経緯について教えてください。

イベント・アトリビューションがイギリスで初めて提唱され、その分野が世界に広まったのは10年前ぐらい。私はまだ研究者になって3年目の駆け出しの頃です。当時は、土木の分野で洪水や気象災害など防災に関する気象の研究をしていました。イベント・アトリビューションは、水災害の発生リスクといった影響評価の応用分野と馴染むトピックでしたので、土木の分野にいながら、日本ではまだ誰もやっていない研究に手を広げようと思いました。

10年前の段階だと、温暖化と自然災害の因果関係は曖昧だったため、温暖化の影響の可能性を調査し、将来どうなるかを見積もらないといけないという考えは、研究者らの中にすでにありました。もしもイベント・アトリビューションを実現できれば、アンサンブル・シミュレーションといって、多種多様な気象が現れるたくさんの地球のサンプルを作ることができ、土木の分野が必要としている水災害のリスクを調べる研究も躍進することができると思いました。そしてその読みはあたり、日本はいち早く水災害の分野でイベント・アトリビューションを確立することができ、世界的にも速いフェーズで成果をあげることができました。

──自身の中で印象に残っているイベント・アトリビューションの国内事例について教えてください。

日本の細かい地形を再現し、解像度の高いモデルを使ったデータセットが完成したのが、2018年初頭でした。そんな中、同年の7月に西日本豪雨が起こり、さらにその直後に猛暑が列島を襲いました。これはすぐやらなければいけないと思い、総力を結集して7月と8月の異常気象のアトリビューションを行いました。そして、2018年の猛暑に関しては「温暖化がない世界ではどんな偶然が重なっても、こんな状況は起こり得ない」ということを意味する、「温暖化がなければ0%」という値が出たんです。これまでは例えば、温暖化してない世界では5%だけど、温暖化している場合は20%で、発生確率が4倍に増えてますというような表現をすることが多かったのが、2018年の猛暑に関しては0%という値となったため、何倍という表現もできない。2022年や2023年の猛暑も同様に、温暖化がなければほぼ起こり得ないという結果になり、今でこそ0%という数字は珍しくなくなってきましたが、当時としては「ついに0%という値が出てしまった」と世界中の研究者が注目し、国内外でも報道されました。

──猛暑がもたらす健康被害についてはどのように感じていますか。

実は2018年7月の1カ月間で、およそ1000人が熱中症で亡くなりました。その直前の西日本豪雨では、およそ200人の方が土砂災害で亡くなりセンセーショナルに報道されていましたが、実はこの雨で亡くなった方の5倍の方が暑さで亡くなっています。あまり報道されず知られていないのですが、猛暑で多くの命が奪われてしまっていることに目を向けてもらえるよう、強調しながら伝えていく必要があると感じています。

──西日本豪雨のイベント・アトリビューションはどのような結果になったのでしょうか。

たくさんの地球のサンプルをつくるアンサンブル・シミュレーションに関しては、より細かい解像度でやらないと結果が出てこないため、最初はなかなかうまくいきませんでした。なので手法を変えて、日本周辺に限定した詳細なシミュレーションをしてみました。西日本豪雨のときと同じように梅雨前線が停滞し、台風が横を通過するなど、同じような気象条件が温暖化してない地球で起こった場合に、雨の量がどれぐらい違うのかを見積もってみたんです。すると、雨量が6%ほど温暖化で増えていたということがわかりました。この豪雨で72時間雨量の記録を更新した地点が123地点ありましたが、6%少なかったら単純計算で100地点未満にとどまるということになりますので、6%という値は決して小さな値ではないことがわかります。

なので、2018年は2つの手法が一気に完成した年でもあり、その後もずっとその2つのシステムは使い続けています。そして当初はうまくいかなかった大雨の発生確率に対するイベント・アトリビューションもどんどん解像度を上げ、2018年の豪雨に関しては温暖化によって発生確率が3倍以上に増えていることがわかりました。

──人間が排出するCO2が気候変動の大きな原因であることに、今よりもさらに自覚的になる必要があります。対策として、今田先生は何が最も重要だと感じますか。

私が今一番希望を感じている対策が、テクノロジーによる大転換です。再生可能エネルギーの拡大や、CO2を吸収して地底に戻す脱炭素技術が急速に展開すれば、排出削減を後押しします。そのためには、国や企業などを動かす必要があります。そうすると、やはり有権者である国民一人ひとりが気候変動対策を表明している政党や政治家を支持し、国に働きかけることが大事だと思っています。

──最後に、地球温暖化という人類最大の危機を乗り越え、よりよい未来を次世代へつないでいくために、ご自身が果たしていきたいことを教えてください。

先ほど、猛暑で子ども達の教育の機会が奪われることを危惧しているという話をしましたが、熱中症被害を恐れるが余りに過剰に対策し過ぎている部分もあるかもしれません。異常気象を正しく恐れることができるように、イベント・アトリビューションのデータの精度を向上させていくことが我々の責務だと思っています。また最近は、イベント・アトリビューションを介した行政や企業とのつながりが増えてきたので、そこにダイレクトに働きかけることも対策を進めていく上で大切だと感じています。たとえば、自治体がインフラを整備する際に、気候シミュレーションによる将来の自然災害リスクを考慮して計画を立てるなど、我々の研究データが参考情報として使われるようになってきました。こうした動きは大きな一歩だと感じています。イベント・アトリビューションは、目の前で起きた異常気象をリファレンスとして過去と将来の変化を表現するので、一人ひとりの生活に落とし込むことができ、イメージがしやすいツールのひとつだと思っています。なので、今後も研究結果を公表していくことで、問題意識を高め、政策に落とし込むところまで人々を動かしていくことが自分の責務だと思ってます。

 

Interview & Text: Mina Oba